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11/03/2022
ロシア軍が開発中で実戦配備間近の極超音速兵器、スクラムジェット極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」は未だに謎の多い兵器です。実物や模型、イラストなどは公式発表されておらず、10月6日に行われた発射実験では発射直後の弾頭にキャップが付いたままの状態は確認できましたが、固体ロケットブースターで上昇しキャップを投棄すると直ぐに雲の中に入ってしまい、スクラムジェットを作動させる様子は窺い知れません。11月26日に公開された映像は夜間発射でさらに見え難いものでした。
発射時の映像はぶれているので断定はできないのですが、ツィルコンのキャップはオーニクスのものより2倍程度は長いものではないかと思われます。ただし塗り分けでそういう風に見えているだけの可能性もあります。
しかし言えることが一つだけあります。これまで非公式に多くのメディアで発表されていたツィルコンの予想図はどれも機首先端が長く、エアインテイクの位置は2段目のスクラムジェット飛翔体の中央近くにあるものでしたが、10月6日試射の公開映像のキャップでは長さが全く足りずエアインテイクを覆えません。つまり従来の予想図は全て間違っていたことになります。オーニクスのような機首先端にエアインテイクがある形式よりもやや少し後方にツィルコンのエアインテイクは付いていると考えられます。
この図はアメリカの「空軍極超音速技術プログラムのレビューと評価(1998年)」に掲載されていたスクラムジェット極超音速巡航ミサイルのマッハ8およびマッハ6での高度と距離の飛行プロファイルです。実機の数値ではなく設計数値ですが、空気の密度が薄い高度10~11万フィート(約30~33km)を巡航し、マッハ8とマッハ6では飛行距離が5割ほど違ってきます。もちろん速く飛ばした方が燃費が悪く飛行距離が短くなってしまいます。なお最終突入段階では空気の密度が濃い低空で急激に速度が落ちていきます。抵抗源となるエアインテイクがある分、空気抵抗の影響は弾道ミサイルより大きくなります。
この飛行プロファイルをツィルコンに比例して当て嵌めると、マッハ8で450km飛翔した条件をマッハ6に落とせば約680km飛翔できることになります。スクラムジェットでこれ以上速度を落とすと意味が無くなるので(マッハ5以下なら通常のラムジェットでも発揮可能)、これがツィルコンの最大射程と推定できます。ただしマッハ8で450km飛翔した条件がそもそも全力で飛行したものではない可能性や、複雑に蛇行しながら飛行していた可能性も有り得るので、断定することはできません。一方でツィルコンの最大射程は1000kmとする報道もありますが、本当に飛べるかどうかは疑問があります。
なお高度20km台だと通常の地対空ミサイルでも空力操舵が細かく効くだけの空気の密度があり迎撃可能な高度なので、スクラムジェット巡航ミサイルは迎撃を回避するために高度30km付近を飛行します。この高度で迎撃するためには空気の密度が薄い中で細かい機動が可能なように、サイドスラスターやTVC(推力偏向)を装備した迎撃ミサイルが必要になります。しかし高高度での細かい機動を解決できても、目標のスクラムジェット巡航ミサイルより速度が遅ければ迎撃は難しくなります。単純な軌道を飛んで来る弾道ミサイルならば待ち構えることが容易で迎撃ミサイルが遅くても間に合う範囲は広くなりますが、速い上に複雑に動き回るスクラムジェット巡航ミサイルが相手だと遅い迎撃ミサイルでは間に合う範囲が極端に狭くなってしまいます。
それでも最終突入段階ならばもはやスクラムジェット巡航ミサイルは回避機動など行えないので、着弾地点付近に迎撃ミサイルが配置されていれば撃墜は弾道ミサイルよりも容易です。スクラムジェット巡航ミサイルの突入速度はほとんどの弾道ミサイルよりも遅いからです。つまりスクラムジェット巡航ミサイルの迎撃の困難さは広域防空の困難さにあります。
ツィルコンのようなスクラムジェット巡航ミサイルで対艦攻撃を想定した場合、目標の空母には付近に護衛のイージス艦が居るので、既存のSM-6迎撃ミサイルで終末防御が行えます。実際にアメリカ海軍はSM-6でのスクラムジェット巡航ミサイル迎撃を想定した試験を予定しており、既存兵器でもある程度は対応が可能と見ています。ツィルコンの最終突入速度は冷戦時代からある「Kh-22」有翼ミサイル(主翼の付いた弾道ミサイルのような構造で滑空飛行する空対艦ミサイル)と大差がないはずなので迎撃自体は可能でしょう。しかしツィルコンが高度30km以上を飛んでいる間はSM-6では手が出せません。そこでアメリカ軍は極超音速兵器迎撃ミサイルの開発計画を始動しています。
これらの迎撃ミサイル開発計画はスクラムジェット極超音速巡航ミサイルだけでなく極超音速滑空ミサイルの迎撃も目指しています。