映画『リング・ワンダリング』:世界が注目、金子雅和監督が描く失われた土地の記憶とニホンオオカミ

映画『リング・ワンダリング』:世界が注目、金子雅和監督が描く失われた土地の記憶とニホンオオカミ

動物、自然、土地の記憶

絵を描いたり本を読んだりするのが好きで、高校生までは漫画家やイラストレーターを目指していたという金子雅和監督。10代の終わりに「自分より絵のうまい人間はいくらでもいる」と挫折し、ペンをカメラに持ち替えた途端、しっくりくる感覚があったという。

金子雅和監督の長編2作目『リング・ワンダリング』。主人公は漫画家を目指す草介(笠松将) ©2021 リング・ワンダリング製作委員会

「より自分らしい表現ができるという感触が得られたんです。カメラはまったくの素人だったのですが、1年ぐらいで使いこなせるようになって、映像表現の面白さにのめり込んでいきました。短編を撮っていた初期のころは抽象的な映像作品が多かったのですが、何作か制作するうち、動物と自然がテーマになりました」

短編には、カモシカやイノシシを登場させたこともある。長編デビュー作『アルビノの木』では、害獣駆除に従事する若者が神聖な白鹿に出会う姿を通じ、現代社会の自然との向き合い方に問いを投げかけた。監督は、本作の『リング・ワンダリング』を「動物4部作」の4作目と位置付け、主人公が描く漫画のモチーフとしてニホンオオカミを取り上げた。

草介はニホンオオカミの痕跡を探し求める ©2021 リング・ワンダリング製作委員会

農作物を荒らす動物を捕食するニホンオオカミは、古くから農民の間で信仰の対象になってきた。奥多摩の武蔵御嶽神社や秩父の三峯神社で知られるように、多くの神社で、神の使い、あるいは神そのものとして祀られている。

「自然界と人間をつなぐ中間域の存在である動物とともに、自分にとって重要な主題は土地の記憶です。今回、失われた土地の記憶を象徴するものとして、かつて生態系の頂点となりながらも絶滅してしまったニホンオオカミを物語の核に据えました」

土地と波長を合わせる撮影

物語の主人公は、漫画家を目指し、絶滅したニホンオオカミをテーマに作品を描こうとする草介(笠松将)。オオカミの姿をうまく描けずに悩んでいたある夜、バイト先の工事現場で、逃げた飼い犬を探すミドリ(阿部純子)を転ばせてしまう。彼女を家まで送り届け、家族との交流が始まる。その出会いが草介を、東京の下町の地下に眠る過去の記憶へと導いていく――。

草介はけがをしたミドリ(阿部純子)を背負って家まで送るが…… ©2021 リング・ワンダリング製作委員会

物語を構想し始めたのは2017年頃。オリンピックに向けて東京の風景が刻一刻と様変わりするなか、「まるで何もなかったかのように“上塗り”されていくことに不安を感じ、東京の地下に埋もれている戦争の記憶や歴史といったテーマが浮かび上がってきた」と振り返る。

映画『リング・ワンダリング』:世界が注目、金子雅和監督が描く失われた土地の記憶とニホンオオカミ

都内でも「遺跡がしょっちゅう出る」という話は、発掘を仕事にする友人から聞いていた。想像力を刺激され、工事現場で働く主人公が動物の骨を発見し、現在と過去の間(あわい)に迷い込む物語の着想へとつながっていく。

バイト先の工事現場で偶然発見した骨をこっそり持ち帰る草介 ©2021 リング・ワンダリング製作委員会

実在する人や場所を想定して物語を書く方が楽だが、「自分の手駒」に頼らないように意識し、想像の世界へ入っていくという金子監督。ロケ地はすべて脚本を書き終えてから探した。登場する「昭和20年の東京」の面影を残す場所は都内にほとんどないため、ロケハンは自然の中で撮るとき以上に苦労したという。

©2021 リング・ワンダリング製作委員会

「それぞれの場所にそこで生きる人たちの記憶があるから、いきなり行ってもパッとは撮れないんです。フィルムコミッションが推薦しているロケ地は何かと便利ではあるけれど、人の往来が多く土地のオーラが弱いので、基本的には毎回自分の足で探すようにしています」

「ラジオのチューニングを合わせるように、土地と自分の波長を合わせる」のも、土地のパワーを映画に取り込む金子監督ならではのこだわりだ。東京出身であるからか、常にどこか外部の視点で撮ることが多いという。

草介が描く漫画のヒロイン梢(阿部純子・二役) ©2021 リング・ワンダリング製作委員会

圧巻のラストを生んだせめぎ合い

自然の中での撮影は天候が刻一刻と変わり、思うように進まないことも多い。その代わり、「自分のイメージを具現化してくれる」と頼りにしたのが、演技巧者のキャスト陣だ。

監督いわく、主人公・草介を務めた笠松将には、「簡単には人にくみしないオオカミのような魅力がある」。草介が描く漫画の中のヒロイン・梢と、時空を超えて草介の前に現れるミドリを阿部純子が一人二役で演じるほか、安田顕、片岡礼子、長谷川初範などベテラン俳優が脇を固める。

写真館を営むミドリの父(安田顕・右)と母(片岡礼子) ©2021 リング・ワンダリング製作委員会

圧巻は、冒頭と巧みに呼応したラストカットだ。草原を歩く草介の姿を捉えたカメラが上空へと引いていったその先に、突如として思いもよらぬものが目の前に立ち現れるや、感嘆の声を上げずにはいられない。意外にも冒頭とラストを思いついたのは、構想から1年以上も経過してからだという。

「改稿を重ねた結果、自分が本当に描きたいものがラストカットに如実に現れた気がします。完成するまで作品にとっての最適解を考え続け、第4稿で現在の形の原型になった(※撮影稿は第13稿)のですが、1年ぐらいは冒頭とラストショットがない状態でしたね」

自らの意思や意図と、そうでないものとのせめぎ合いで生まれるものが、一番面白いという。

「ただ待っているだけでは、撮りたい画(え)は撮れない。予感した上で偶然を呼び込む必要があるんですよね。僕の映画を観た方からは“魔法のようだ”と表現されることが多いのですが、僕にとってナチュラルに感じられる世界をそのまま描いているつもりなんです。ひょっとしたら子どものころの自分に見えていた世界を、カメラで再現しようとしているのかもしれません」

文化庁が主宰する2021年度・日本映画海外展開強化事業の映画作家3名に選出され、本作の公開と並行して新たな長編企画『水虎』を進める金子監督。海外との共同製作においては、相手国でロケやキャスティングをする方が資金を集めやすいのが現実だが、次回作も「日本らしい風景の中で、天然の鉱物から採取する岩絵具を扱う画家の物語を撮る」と意気込んでいる。

取材・文=渡邊 玲子撮影=花井 智子

©2021 リング・ワンダリング製作委員会

作品情報

予告編

シェア: