映画「ムクウェゲ 女性にとって世界最悪の場所で闘う医師」―私たちも決してこの悲劇とは無関係ではない【TBS立山芽以子記者×膳場貴子キャスター対談】

映画「ムクウェゲ 女性にとって世界最悪の場所で闘う医師」―私たちも決してこの悲劇とは無関係ではない【TBS立山芽以子記者×膳場貴子キャスター対談】

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「女性にとって世界最悪の場所」と呼ばれている場所がある。アフリカ大陸、コンゴ民主共和国・東部ブカブ。20年以上の間、ここでは40万人以上の女性たちがレイプの被害を受け続けている。「組織的性暴力」の被害にあった女性たちの多くを無償で治療してきたのが、婦人科医、デニ・ムクウェゲ氏だ。レアメタルなど豊かな鉱物資源が眠るこの地の利権をめぐり、武装勢力は性暴力という武器を使い、住民を恐怖で支配しようとしている。「コンゴで起きていることを『関係ない』と思わず、実は私たちとつながっていることを知ってほしい」―そう願い、ドキュメンタリー映画「ムクウェゲ女性にとって世界最悪の場所で闘う医師」を監督したTBS報道局の立山芽以子記者と膳場貴子キャスターが対談した。 膳場:この映画を2回見ましたが、女性として痛みを伴う苦しい映画であることは否めないけど、けれども、こういうアフリカの抱える深刻な課題なのに、見た後にそこから立ち上がっていく、という希望のようなものを感じた、そういう読後感のある映画でした。立ち上がっていける、そこから未来につないでいける、という感想を持ちました。 立山:ありがとうございます。性暴力とか、被害というと、どうしてもそちらばかりに目が行ってしまって、どんなに悲惨なんだろう、とか。でも、それよりも、女性たちが、そこからいかに助け合って、支え合って人生を回復していくか、とか、先生と女性たちの信頼関係とか。そういう希望みたいなものとか、人間としての姿とか、人と人とが支え合って生きていく姿とか、そういうものを映画では描きたいな、と思いました。 膳場:立山さんがムクウェゲ医師に興味をもったきっかけは、いつ、どういう形だったんですか? 立山:ムクウェゲさんのことを全然、知らなかったんです。私はアフリカに昔から興味があって。 膳場:news23で10年前くらいに時々取材されていましたよね。 立山:アフリカの取材を重ねるうちにお知り合いになる方が増えていって、その中でお友達になった方が、実は、ムクウェゲさんという方が今度、来日するんだけど、是非、取材してみませんか?と声をかけてくださったのが初めなんです。その時は、コンゴのことも正直あまり知らなかったし、ムクウェゲさんって、どんな人なんだろうと。でも、話を聞いて、すごく興味を持って。また先生に会ったら、これはやっぱり伝えなければいけない、と強く思って、取材を始めました。 膳場:ムクウェゲ医師がノーベル平和賞をとる前から取材を始めていたんですね。立山さんはアフリカの取材を長く、ライフワークのように続けてらっしゃるけれども、ここまで真正面から人権問題に向き合ったのは、初めてなのかなという印象もあって。それまでは開発とか、資源とか、乱獲とかそういうものを中心に取材している印象があったので。 立山:コンゴが突きつけている問題というのは、いろんな問題を提起されているし、きちんと伝えなければいけない、考えなければいけない、という気持ちにすごくさせられるテーマでもあったので。これはちゃんと伝えなければいけない、という気持ちになりました。 膳場:テーマもテーマだし、取材するにあたっては、相当覚悟を決めないと飛び込めない現場ではなかったですか? 立山:被害の話しを聞くというのは、話してくれる女の人たちにとっては、すごく辛いことで、実は女性の方々は、パンジ病院の方の立会いのもとで取材をしているんですね。闇雲に女性をつかまえて話を聞かせてくれと言っているのではなく、パンジ病院は自分たちの入院患者にどんな人がいるか、ということを全部把握しているんです。それでこの人だったら、話をしても大丈夫じゃないか、とかそういうことをちゃんと考えて、選んで紹介してくれている。さらに、パンジ病院の看護師さんや、セラピストの方が立ち合って通訳をしてもらっているんです。我々の質問が、行き過ぎたり、失礼だったりとか、そういうことがないように。ちゃんと言葉を選んで通訳してもらう、ということは、やったんです。でも、そうは言っても、思い出したくないこととか… 膳場:ですよね、一番苦しい体験とか… 立山:それを、もう一回話してくれ、と言うのは、正直言って、この仕事は残酷だな、というか、聞かないと… 膳場:埋もれちゃいますもんね、そもそも何があったかすら… 立山:聞かないと、何が起きたか分からない。でも、聞くと、やっぱり彼女達に悲しい思いをさせてしまう。そういうジレンマは正直ありました。でも、そこまでして彼女たちは、私に伝えてくれた。勇気を持って伝えてくれたんだから、それはきちんと日本の皆さんにお伝えしなければいけないと。 膳場:一方で、被害者の女性だけでなく、加害者側の男性にも話を聞いている、しかも顔を出して話をしている、これに非常に驚いたんですけども。彼らにカメラの前に出てきてもらう間のプロセスは、なかなか大変だったんじゃないですか? 立山:それが意外にあっさりと、出てきてくれたので、私はびっくりしたんですけど。もちろん、我々が、こういうテレビ局で、こういう放送をして、ということを全部説明して、それでも顔を出しても構いませんか、という質問をしたうえで、なんですけども。彼らは、構わないと、いうことでインタビューをさせてもらいました。 膳場:やってきた罪の重さと、カメラの前に立っている、ごくごく普通の青年との間にものすごくギャップを感じて、それを、どう解釈したらいいのかな?と、見ながらちょっと悩んだんですけど。取材をしていて、その部分はどう感じましたか? 立山:日本人的な感覚からいくと、本当に申し訳ございませんとか、そういう言葉が出てくることを何となく取材者としては、期待している。というか当然、そういう言葉が返ってくるよな、と思うんですけど、あまりそういうのがなくて。むしろ自分の事を、ひとごとみたいに、何か、ああいうことをやった、こういうことをやった、何人殺害した、ということを、結構平気でしゃべる、というのはやっぱり、すごくびっくりした。 でも、彼らが、罪の意識とかに何もとらわれないで平然としているかというと、実はそうでもない。そうでもなくて、彼らもある意味、被害者なんですよね。映画でも描きましたけど、自分からすすんで武装勢力に入ったのではなくて、選択を迫られて、どうしてもどっちか、武装勢力の一員になるか、お前はそこで死ぬのか、と。で、無理やり連れていかれて、女性たちに被害を与えろと命令をされてやっているわけです。彼らに、「今、あなたは幸せですか?」と聞くと、「いや、幸せじゃない」と。「どうして?」と聞くと、「自分たちは本当は学校に通いたかったんだ」と。それが、武装勢力によって連れて行かれたことによって、学校にもいけなくなっちゃったと。 だから今は、ちゃんとした仕事にもつけない。また、故郷の町や村に帰りたいんだけど、「あいつは武装勢力にいた奴だ」と言われて差別をされたり、もしかしたら、自分が襲った女性たちの家族から仕返しをされるかもしれない。ということを考えると、自分たちは村には帰れない、だから「お父さん、お母さんに本当は会いたいんだ」という話を聞くと、実は彼らも単なる加害者ではなくて、被害者だという二面性みたいなものを伝えたかった。そういう意味では単純な問題ではない、というか、だから人は、加害者にもなるし、被害者にもなるという複雑な一面をコンゴでみた気がしました。 膳場:かなり街中まで行って、撮影、取材をしていますよね。治安とか、安全面ではこの撮影はどうだったんですか? 立山:治安面で問題がある、ということはないんですけど、そこも、地元の人たちの意見を聞いて安全管理をしながら取材をしました。 膳場:今回、ムクウェゲ医師も言っていたんですけど、本当に携帯電話に使われているレアメタルを採掘している現場で、それを巡って起きている性暴力という話で、あっと思ったんですけど。実は、物理的にはこんなに遠いんですけど、こんな手元に関係をしているんですね。そこは、映画をみて、ハッと気づかされたことでした。 立山:そうなんです。私たちは普段暮らしていて、あまり自分たちの生活って、どんなものから成り立っているんだろうと考えないんですけど、よく考えてみたら、携帯電話もそうですし、例えば着ているお洋服も、たぶん、日本製じゃなくて、東南アジア製だったり、インド製だったりして、他の国で作ったものが日本に来ている。食べ物にしてもそうですし、電気もそうですし… 膳場:エネルギーもそうですね… 立山:今、ウクライナ情勢で言われてますけど、ガスとか電気、というのは海外から元はくるわけですよ。でも、意外にそういうことには気が付かなくて。ある日、突き付けられるわけですよ。あなた達の快適な暮らしは、いったい何によって支えられているんですか?と。そこで気が付くわけです。そうだ、この部品は、コンゴのあの鉱山からきているのかもしれない。では、そこで働いている人の環境はどうなんだろう?そこで女性たちが被害に遭っていることについて、私たちは「関係ないよね」とか、「遠いよね」とか言えるのか?と。多分言えないと思うんですよ。そういうことをこの映画を通して考えてほしいな、とは思いました。 膳場:遠い国の関係ない世界の事では決してなくて、ものすごく身近なところで知らず知らずに加担してしまったということが衝撃的でしたし、大事な気づきでした。 立山:そうですね、紛争鉱物ではないんですが、最近環境にやさしいと言って、電気自動車が注目されてますよね。電気自動車を作るうえで必要な鉱物がコバルトというのがあるんですが、世界のコバルトの7割がコンゴからなんです。 膳場:次のターゲットというか、今まさに、それがターゲットに。それを使わせてもらうのであれば、コンゴの政情が安定しているのか、人々の暮らしが平和か、というところまで思いを致して、何ならば声をあげていかなければいけない、というものですね。 立山:ただやはり、時々自分でも苦しくなることがあって、そう考えると自分たちの生活は全ていろんなものから成り立っているじゃないですか。そういうものを不公平だからとか、アフリカの人に申し訳ないからとか、切り離して生きていくとかできないじゃないですか。私もこういう映画を作って、きれいごとのようなことを言っていますが、自分だって、スマホを使うのをやめるかというと、やめられないわけですよ。偽善というか、そういう中に自分たちは生きていると思うんですよ。 膳場:多分、そういう気持ちがあるからだと思うんですが、そんな中で、未来に繋げていくための種まきのようなシーンがいくつかあったと思うんです。一つには、日本の高校生が、開発について勉強しているシーンであったり、パンジ病院で救ってもらった女性が、看護師になろうと勉強しているシーンであったり、そういう未来に繋いでいくきっかけのようなものを描いたのはなぜでしょうか? 立山:この映画で描いていることは、答えのない問い、なんですよね。世界の成り立ちって複雑で、自分だけがきれいなところにいられる、きれいごとを言っていられるわけではなくて、人々の生活は続いていくし、何か明日から世界が平和になります、ということはないわけですよ。じゃあ、自分に出来ることなんかない、と、自分は日本人でよかった、と、ああいうところに生まれなくて、幸せだよね、と。それでいいのか、と。実はそうではなくて、やっぱり答えのない問いを考え続けることが、大事なのかと思っていて。高校生のシーンは、私はすごく好きで、入れたかったシーンなんですけど。自分事として、ものごとを考えて、答えはないんですけど、ずっとものごとを考え続けようという姿勢は、我々が学ばされる、というか。私の方がすごく勉強させられたという気持ちがしました。 膳場:10代の高校時代の多感な時期に、こういう現実に直視するというのは、必ずしもみんながみんな、そういう仕事に就く必要はないんだけど、その中の誰かがどこかの局面で何か力を発揮することが必ずあると思うので、私は高校のシーンというのはものすごく希望を感じました。あとは、被害を受けた女性がムクウェゲ先生の愛情を次に渡していきたいんだと、ちゃんと自立して自分がその道に入ろうと、看護師の勉強をしているシーンとかもすごく希望を感じました。なので、この状況を変ていくための答えって、何かひとつの決定的な切り札があるわけではないんですけど、いろんなアプローチで、この状況はちゃんと変えていけるものなんだよ、ということを見せていただいたのは、とても良かったと思います。 立山:行ってみて、彼女達に出会って、その彼女たちに後押しされて、一生懸命生きていくんだという姿をどうしても描きたいと思わせてくれたのは、コンゴの女性たちの力だと思います。 膳場:ムクウェゲさんはどういう人ですか? 立山:ムクウェゲさんはものすごく温かくて、優しくて、自分の事よりも人のこと、というのがある人なんです。ムクウェゲさんが一方的に女の人を助けてあげるとか、そういう感じじゃなくて、ムクウェゲさんも女性たちから支えてもらったり、教えを受けたり、そういう関係。女性とともにある、という感じがものすごくしました。 膳場:傑出した人物がすべてを引っ張っていっている、と言われたら、そうかな、とも思うんですが、そういうわけではないんですね?相互関係がある中で、あのパンジ病院ができているんですね。 立山:もちろんムクウェゲ先生が持っている人格ですとか、そういうことがあの病院を作っているのは間違いないし、その中核はもちろんムクウェゲ先生なんですけど、それが周りのスタッフや女性たちに伝わって、お互いに共に生きていくという感じの印象を受けた病院でした。 膳場:一方で、国際舞台でメッセージを発するときは、厳しい顔をしますし、強い言葉も使いますよね。すごく色んな面があるな、と感じたんですけど、それは取材していてどうでした? 立山:苛立ちとか。お医者さんなので、自分の仕事は手術をして、人を救うことだと。でも、それだけでは変えていけない現状。自分がどんなにどんなに手術をしても、また患者が運ばれてくる。性暴力によって生まれた子供がまた性暴力を受けて、またその子供が性暴力をうける。世代を超えた循環のようなものが、ムクウェゲ先生は自分一人では無理だと、国際社会は何をやっているんだ、と思っていて、苛立ちですとか、本当に何とかしてくれ、という思いがあるんだと。 膳場:ムクウェゲ先生のメッセージの中で、黙ってみているのは加担しているのと一緒だ、と何度もおっしゃったので、すごく怒りも感じましたし、それを受け取った私たちもしまった、というか、これではダメだ、という思いもとてもしましたね。 立山:そのメッセージがあってこそ、この映画を私も作らなければと。知ったからには、ムクウェゲ先生に出会ったからには、この作品を作らければ、という気持ちになりました。 膳場:これから多くの人に見ていただく機会が始まるわけですが、何が伝わったらいいな、と、この映画をきっかけにどういうことが起きていったらいいな、と思います? 立山:人によっていろいろ捉え方は違うし、興味をもつところもそれぞれ違うと思うんですよ。女性の生き方に興味がある人や、紛争鉱物について興味を持つ人や、先生について興味を持つ人、あとコンゴを巡る国際政治について興味を持つ人。いろんな観点からものごとを捉えられるのかなと。見ていただいて、何かを感じて、別にそれがすぐ行動に移されなくてもいいかなと思っているんです。知って、数年後に何かの時にこういう映画をみたな、とかコンゴという国のことを何か聞いたことがあるな、ということでいいと思います。まずは見て、知っていただくことが大事かな、と思います。 ===ドキュメンタリー映画、「ムクウェゲ女性にとって世界最悪の場所で闘う医師」は3月4日から公開が始まり、ミニシアターなどで時期を変えながら全国で順次公開されます。(05日21:30)

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