2021年に話題になったコンテナ船、「巣ごもり」との意外な関係

2021年に話題になったコンテナ船、「巣ごもり」との意外な関係

コンテナ船がテレビのニュースで連日取り上げられることは稀である。しかし、2021年はコンテナ船の話題が2つもあった。読者は覚えているだろうか。 1つは、2021年3月下旬に起きたスエズ運河封鎖事故である。台湾の長栄海運が運航するコンテナ船「エバー・ギブン」がスエズ運河で座礁した結果、他の船舶の通航が遮られ、累計で約400隻の船の運航が遅延した。事故発生後2週間で通常の状態に戻ったが、サプライチェーンが世界に広がっていることを改めて認識するに至った出来事である。 もう1つは、2021年秋以降に深刻化した、米国西岸主要2港でのコンテナ船入港待ち問題である。アジアから米国向けのコンテナ荷動きは、2020年前半は新型コロナウィルス感染拡大の影響で低迷したものの、同年後半には米国の巣ごもり需要増加により急速に回復した。しかし、米国西岸主要2港でコンテナ船からコンテナを降ろす能力が不足し、2021年9月末には100隻超のコンテナ船が沖合で停泊する事態に陥ったのである。

実はこの米国西岸でのコンテナ船入港待ち問題が深刻化する中、サプライチェーン遮断を回避するために米国大手小売企業が極めて興味深い打開策を講じている。「これもサプライチェーンに関わるテーマなのか」と、サプライチェーンの広がりを知るのにぴったりの話である。まずは、港湾を通って運ばれてくるモノを買う消費者の変化からみてみよう。

コロナ禍での消費行動の変化とサプライチェーンへの影響

ステイホームを余儀なくされた米国の消費者は、以前よりよりモノを買うようになった。いわゆる巣ごもり需要である。需要が増えたのは、テレワーク用のパソコン・タブレット端末やゲーム機などである。サービスのGDPに占める割合が高い米国では、コロナ禍で以前ほどサービスを消費しなくなった消費者が代わりにモノを買うように変化が起きたのである。 この消費行動変化がサプライチェーンに顕著に現れている。たとえば、個人のDIY需要だけでなく新築住宅需要も増加し、建材供給不足から建材価格が高騰し、「ウッドショック」を引き起こした。サプライチェーン下流の需要増加が、サプライチェーン上流の供給不足を招いたのである。 コロナ禍でサプライチェーンへの影響は米国内に留まらない。米国内で購入される消費財の多くはアジアから輸入される。一般的には、アジアで生産された消費財は大型コンテナ船に積まれ、太平洋を東航し、米国西岸南部のロサンゼルス港・ロングビーチ港で陸揚げされ、米国内に運ばれる。

米国消費者の巣ごもり需要が輸入量増加を招いただけでなく、実はもう1つ問題が起きていた。新型コロナウィルス感染拡大に伴って、港湾労働者数が減ったのである。その結果、大型コンテナ船に積まれたコンテナ本数が増えているのに、接岸した大型コンテナ船からコンテナを降ろす能力が減り、沖合で接岸を待つ大型コンテナ船が100隻近くに達した。

米国大手小売企業の打開策

この事態に打開策を講じたのが、誰もが知る米国の大手小売企業、A社とW社である。輸入量増加で空コンテナ調達が困難になったため、両社はそれぞれ自社専用コンテナを調達した。一般的に、輸出入に使われるコンテナ容器は、荷主や物流企業がコンテナ船会社から借りるものである。

2021年に話題になったコンテナ船、「巣ごもり」との意外な関係

さらに両社は、沖合渋滞が続くロサンゼルス港・ロングビーチ港を避け、混雑していない小規模港湾で荷降ろしできるよう、小型在来船をチャーターした。コンテナ容器だけでなく、船という輸送手段を自社専用リソースで賄うことを決めたのである。両社がチャーターした船はコンテナ船ではなく在来船である。在来船は、通常はコンテナを運ぶのではなく、梱包されていない穀物・鉱石・セメントなどのバルク貨物を船倉に入れて運ぶ船である。その在来船に自社専用コンテナを載せて、輸入貨物が運ばれたのである。

なぜ、A社とW社はここまでやったのか。それは11月下旬のブラックフライデーに始まるクリスマス商戦での収益確保であろう。米国西岸南部の港湾で渋滞発生により、中国からの輸入商品の調達リードタイムが拡大し、在庫が減り欠品が増えた結果、販売機会損失を招いていた。それを打開するため、追加費用を負担して商品を確保する意思決定を下したと推測される。なお、中国から輸入商品を運ぶために使われた自社専用コンテナは、空コンテナとして中国に戻されることはなく、米国国内での輸送に使われるとのことである。固定資産への投資額が一時的に増えるものの、販売機会損失削減や将来の輸送費削減を通じた事業収益増加でペイする、と判断されたものと推測される。

今、改めてSCMを知る意味

前述の、荷主企業が自社専用のコンテナや船舶を調達することは、実はサプライチェーンマネジメント(SCM)で意思決定する事項の一部である。 日本では、2000年代初めにこのSCMという言葉がよく聞かれた。しかし、当時はソフトウェア販売やコンサルティングサービスのマーケティングに使われていた面が強く、サプライチェーン全体ではなく、その構成要素である特定業務が注目されることが多かった。それから20年が経過した今、サプライチェーンはより複雑になり、不確実性も大きくなった。「今さらSCM?」といぶかる読者もいると思うが、実は、今だからこそ、SCMを改めて知る必要性が高まっているのではないだろうか。

実際に読者がサプライチェーンという言葉に触れる回数が増えているはずである。過去10年間で「サプライチェーン」という用語が登場する日刊工業新聞の記事を数えてみた。東日本大震災が起きた2011年に567件と急増した後、平均で年間300件に減ったが、コロナ禍の影響が出た2020~21年は平均で年間856件に増えた。これは、東日本大震災が起きた2011年の1.5倍にあたる数字である。

このようにSCMの認知度が以前より高まっているとはいえ、「SCMは幅広い範囲を扱うため、複雑でわかりにくい」と思われることが多い。そうした問題意識を持っていた筆者は、SCMを体系的に学ぶための「世界標準のSCM教本」を2021年3月に上梓した。本特集では、世の中で起きているサプライチェーンに関する話題を取り上げ、「世界標準のSCM教本」に登場する重要キーワード解説を加えた記事を連載で届けることとする。

書籍紹介

SCMは天然資源から最終消費者までのものやサービスと意思決定の流れを統合的に見直し、プロセス全体の効率化と最適化を実現するための手法。本書は世界でビジネスをする企業に最適な、世界標準のSCMについて解説する。

書名:基礎から学べる!世界標準のSCM教本著者名:山本圭一、水谷禎志、行本顕判型:A5判総頁数:240頁税込み価格: 2,420円

<販売サイト>AmazonRakuten ブックス日刊工業新聞ブックストア

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